大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)697号 判決

第一審原告

昭和三十二年(ネ)第六九七号事件控訴人

昭和三十二年(ネ)第七〇一号事件被控訴人 用瀬昌子

右訴訟代理人弁護士 広瀬武文

第一審被告

昭和三十二年(ネ)第七〇一号事件控訴人

昭和三十二年(ネ)第六九七号事件被控訴人 清水義晴

右訴訟代理人弁護士 小島利雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

第一審被告は第一審原告に対し原判決末尾添付別紙目録記載の第三土地を明渡せ。

第一審被告は第一審原告に対し、同目録第二土地につき昭和二十七年十月一日以降昭和二十八年一月三十一日迄は一箇月一坪当り金十円、同年二月一日以降同年三月三十一日迄は同金十一円、同年四月一日以降昭和二十九年三月三十一日迄は同金十五円、同年四月一日以降前項明渡済に至る迄同金十六円の割合による金員を支払え。

第一審被告は第一審原告に対し、前記目録第一土地の内同第二土地を除いた三十五坪につき昭和三十年六月一日以降昭和三十一年八月十四日迄一箇月金五百六十円の割合による金員を支払え。

第一審原告の第一審被告に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審共これを二分しその一を第一審原告の、爾余を第一審被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原判決末尾添付目録第一記載の土地四十一坪六合一勺が第一審原告の所有であること、第一審原告はこの土地(同目録第二記載の土地を含むか否かは後述のように争われているからこの点は暫く措く)を昭和二十三年四、五月頃第一審被告に賃貸し爾来第一審被告がこの地上に同目録第四記載の建物(当初八坪であつたが後記のように増築して現在の建坪となる)を所有してこの土地全部を占有していることは当事者間に争いがない。第一審被告はこの土地の占有権原として第一審原告よりこの四十一坪六合一勺全部を借受けたと主張し、第一審原告は賃貸したのは右土地全部ではなくてこの土地の内第二記載の土地六坪六合一勺を除いた残余の地域三十五坪(以下本件土地と略称する)である。と争うので先ずこの点から判断する。証人井上寿美、同用瀬ヨシのいずれも原審第一、二回並びに当審における各証言、証人斎藤三右衛門同用瀬満の各原審並びに当審における証言、右証人井上寿美の当審における証言により真正に成立したと認める甲第四、五号証の各記載と当審検証の結果とを綜合すれば、原告は本件土地三十五坪を終戦迄訴外井上直夫、同井上寿美に賃貸していたものであるが、終戦後これを自己の使用に供するため、同人等より返地を受けたところ、たまたま第一審被告より借地方申込を受けたので、右返地を受けた地域をそのまま本件賃貸借の目的物としたこと、元来第一審原告所有の前記目録第一の宅地四百二十一坪二合三勺中第一審原告が使用している部分は高台になつており、しかも北側と西側には隣家があり東側は崖、南側は本件土地に連つていて、外部と往来するには北側の道路に出る外はないのであるが、この道路に達する唯一の通路は前記北側隣家の北西部分に沿つた細く且数十米もある露路になつて居り、従つて火災その他の厄災を逃れるためには東側崖下道路に出る非常口を設ける外に方法なく同目録第二の土地六坪六合一勺は右非常口開設用地として第一審原告自らこれを使用する必要があるため終戦前から右の土地の周辺は特別に大谷石や椎の木などで境界を明確にしておいたものであつて、本件土地を井上等に貸したときは固より、第一審被告に対しても殊更これを賃貸借の目的から除外し、本件土地三十五坪に限つてこれを第一審被告に賃貸したものであることが認められる。この認定に反する原審証人清水金治郎、当審証人清水イキの各証言及び第一審被告本人の原審並びに当審における各供述はいずれもこれを措信しない。他に右認定を妨げる証拠はない。而して第一審被告は他に右第二の土地六坪六合一勺を占有する権原を主張立証しないから、原告に対抗しうる正当な権原なくしてこれを占有しているものと断ぜざるを得ない。

そこで右三十五坪の土地の賃貸借契約解除の主張について審案する。成立に争のない甲第一号証(特に第八条第九条)の記載並びに証人用瀬満の原審及び当審における証言を綜合すれば、前記賃貸借においては契約成立の当初から当時地上に存在していた建物の増改築をする場合は予め賃貸人の同意を得ること、もしこの同意を得ず無断で増改築をした場合は賃貸人は直ちに右契約を解除することができる旨の特約が存在していたことを認めることができる。この認定の妨げとなる証拠はない。そして第一審被告が昭和三十年五月頃無断で元の建物の東北側に約五坪の建物を増築したこと、第一審原告がこれを前記特約違反として昭和三十一年八月十三日第一審被告に対し書面を以て本件賃貸借契約解除の意思表示を為し、右書面が同日第一審被告に到達したことは第一審被告の争わないところである。そこで契約解除の効果が発生したかどうかを考えて見る。前記無断増改築禁止特約の趣旨は土地賃貸借の性質、貸主と借主との相互信頼関係等に鑑み増改築一切の場合を含めてその許否を貸主の恣意に委ねるものではなくこれによつて貸主の利害に特に悪影響を及ぼす場合、例えば原告が非常口開設の必要上留保した目録第二の地域六坪六合一勺の使用を困難ならしめるとか周囲の土地を日蔭にして利用度を低下させるとかの場合に限られるものと解するのが相当であり、この程度に至らないものについては貸主は同意を拒み得ないとするのが賃貸借の本旨に合するものと考えられるのであるが前記の増築はこれらの場合に該当するものでないことは当審検証の結果によつて明かであるから、この増築を以て前記特約違反と認める訳にはいかない。だから右無断増築を理由とする解除は無効であり従つて契約解除による現状回復義務の履行として目録第一の土地の内前記三十五坪の明渡を求める本訴請求は理由がない。然し目録第二の土地六坪六合一勺(但し後記部分を除く)は上述のように第一審被告の不法占有に係るものであるから第一審被告は所有者たる第一審原告に対しこれを明渡さなければならない。そして当審検証の結果によれば被告所有の目録第四の建物は同建物の東北端において、原判決別紙添付図面記載のとおり(ロ)点及び(ニ)点を結ぶ線より東方に〇、三五間突出しているのであつて右建物の内この(ロ)点(ニ)点を結んだ線より東方に出ている部分だけ右第二土地に侵入しているからこの部分は形式論をすれば第一審被告において収去すべき筋合であるが右検証の結果によればこの部分は極めて僅少であつて、第一審原告が右土地を非常口として使用するのに何等の障害ともならないものと認められ、しかも右建物のこの部分を収去することは右建物全体の効用を著しく低下せしめ、又撤去費用、それに伴う修繕費用も相当額に上るであろうことは推察に難くないのであるから斯様な場合尚この小部分の撤去を求める第一審原告の請求は権利の濫用として許されないものといわねばならぬ。

尚第一審原告は前記三十五坪の土地の賃貸借の期間は昭和三十三年五月末日迄の約束であつたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。仮にこの期間が認められたとしても、この約定は借地法第二条、第十一条の規定に則り借地権者に不利な約定としてこれを定めないものと看做される。仍て進んで第一審原告の金員の請求部分について審究する。

原審証人用瀬ヨシの証言及びこれにより真正に成立したと認める甲第二、三号証の各記載を綜合すると、本件土地の賃料は昭和二十七年十月以降昭和二十八年一月迄は一ヶ月一坪当り金十円、同年二、三月は同金十一円であつたことを認めることができ同年四月以降同金十五円に値上りになつたことは当事者間に争いがない。そして原審証人清水金治郎の証言によれば昭和二十九年四月以降同金十六円になつた事実を認めることができる。(同証人は昭和二十九年以降同金十六円になつたと供述しているが同年三月分迄は値上前の前記賃料を支払済であることは右甲第三号証の記載で明かであるからこの昭和二十九年以降とは同年四月分以降の趣旨と解される。)ところで、第一審原告は先ず(1)本件土地の賃料として昭和三十年六月一日以降昭和三十一年八月十四日迄一ヶ月金五百六十円(一ヶ月一坪当り金十六円の割合)の支払いを請求し、その約定賃料が昭和二十九年四月一日以降一ヶ月一坪当り金十六円になつたことは前示のとおりであるから、この請求は正当である。原判決はこれを一ヶ月一坪当り金十五円の範囲で認めたにすぎないから当審においては一ヶ月一坪当り金一円を追加認容する。次に(2)目録第二の土地六坪六合一勺に対する一ヶ月一坪当り金三十円の割合による損害金の請求について按ずるに、土地の不法占有による損害金は格別の事情の認められない限りその相当賃料に相当するものと解すべきところこの第二土地の相当賃料は相接して一区画内にある(このことは前示検証の結果により明白である)前記本件土地の賃料と同一であると見て差支えない。原告は昭和二十七年七月一日以降右土地の損害金は一ヶ月一坪当り金三十円であると主張するがこれを認むべき資料はない。そして本件土地についての賃料額は前記認定のとおりであるから結局右損害金の請求は昭和二十七年十月一日以降昭和二十八年一月三十一日迄は一ヶ月一坪当り金十円、同年二月一日以降同年三月三十一日迄は同金十一円、同年四月一日以降昭和二十九年三月三十一日迄は同金十五円、同年四月一日以降第二土地明渡済に至る迄同金十六円の割合による損害金の支払いを求める範囲内で正当として認容すべく、右に異る原判決主文第二項は不当である。なお(3)、本件土地に対する損害金の請求は本件土地の賃貸借契約解除が有効であることを前提とするものであるが前説示の如くこの前提は認められないのであるからこの(3)の請求は採用するに由ない。第一審原告及び第一審被告の本件各控訴は前記のとおり各その一部理由があるのでこれを変更すべきものとし、仮執行の宣言は諸般の事情に照しこれを附さないこととし民事訴訟法第三百八十五条第九十六条第九十二条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 梶村敏樹 判事 岡崎隆 堀田繁勝)

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